映画・TVで軽んじられる呼吸法

「沢山のスタッフ、沢山のキャスト、沢山のエキストラ。現場はまるで戦場のようでした。新人のヴィヴィアン・リーはスタジオに入ると、まずはみっちりと2時間の発声練習。それから撮影が始まりました」【映画「風と共に去りぬ」の撮影現場の回想より】

この回想には映像で演技を行う俳優達にとって素晴らしい教訓が示されている。映画、舞台に大きな実績を残し、大女優の名を欲しいままにしたリーはみっちりと発声練習をした上で撮影に臨んだのである。

TV、映画、Vシネマで主に演技を行う俳優達の多くは呼吸・発声が絶望的にダメな人々が多い。特に呼吸法を軽んじているのは演技力が向上しないように自ら努力しているようなものである。

何故か日本では呼吸法・発声法をマスターすることが舞台俳優の専売特許であるかのように思われている。それどころか、呼吸法については俳優初心者が養成所時代にのみ行う準備運動程度にしか思われていない。

呼吸法は大きな劇場で最後方の客席に台詞を届かせるためにのみ行うのではない。活きた台詞を話しやすくさせ、長台詞であっても一語一語に自然な説得力を出させ、台詞の立ち上がりの反応速度を高める為には呼吸法のマスターは不可欠なのである。また、息に余裕が出来ることによる演技上のリラックス効果も極めて大きい。つまり、マイクが台詞を拾ってくれる映像での演技であっても演技・台詞術の向上に呼吸法は絶対的に必要なものなのである。

そんな当たり前のことが日本のショウビジネスでは何故こうも軽んじられるのだろう。
ある大手プロダクションでは年間100万円もの受講料をとりながら、こんな当たり前のことすら教えていない。ある名の知れた養成所ではハリウッドで学んだと称する(多分嘘である。ニューヨークでなくハリウッドというのが実にうさんくさい)ボイストレーナーが基本的な呼吸法を飛ばして、いきなり上級レベルの呼吸法を適当に教えている。当然ながらこれで呼吸が身に付くわけがない。

台詞が向上しないことを俳優個人の才能のせいにして、いい加減なレクチャーによって詐欺商法まがいに金を巻き上げる手合いの何と多い事だろう。私学助成金を受けて尚かつ年間150万以上の授業料を生徒から徴収しながら呼吸法の効用についてすら教えていない芸術大学の演劇科さえある。これは犯罪といってよいだろう。

呼吸と発声は俳優にとって生涯を通して磨き続けなければならない重要なテクニックである。このテクニックは磨くことを怠ればすぐに衰えが来る。ロードワークを軽んじるスポーツ選手など一人もいないというのに、呼吸法を軽んじる俳優が多いのには暗澹たる気分にさせられる。業界が悪いこともあるが、俳優たちも呼吸・発声について根本的に見直し考える必要があるだろう。

俳優たる者、365日、短かい時間であってもよいので呼吸トレを欠かしてはならない。

>>第05回 テキスト(台本)の正しい読み方